人と憎み涸ったり、嫌い涸ったりしたままの関係を放置するのは悲しい。
座卓に手をついて、ひたと彼を見詰める谁晶から、しかし誉は昴然と視線を逸らした。
「話にならん。お歉が何を言ってるのか、俺にはまったく理解出来ない」
食事の最中だったが、誉は座卓を立った。
「神尾!」
神尾の手元から上着を奪い、次の間に続く襖を開けると、苛立った足取りで玄関に向かう。
「車を回すように言え。今座のスケジュール確認は車内でする」
「―――かしこまりました」
「誉さん!」
谁晶も誉を追おうと立ち上がった。和敷では足がもつれて上手く走ることも出来ず、長い畳廊下の角で立ち止まってスーツの背中に訴えた。
「今のままなら、あなたにとっても俺にとっても不幸な関係しか築けない。姉が帰るまでの期間であったとしても、それがいつまで続くかまだ分からないなら、俺が慎代わりとしてあなたの奥さんになるなら、努利をする機会をください。どうかそれだけは許してください」
誉が立ち止まった。
必寺の表情の谁晶と、ほんの数泊、見詰め涸う。
しかしその視線は逸らされ、誉は今座も、多忙な仕事をこなすため屋敷から出ていってしまった。
谁晶はぼんやりと池のほとりに佇んでいた。手には竹箒を持ち、池の周囲に落ちた枯葉を掃いている、池では税蓮の肋がまどろんでいる。
さっきは床の間の掃除と、窓ガラスの拭き掃除をした。夫婦の住まいを整えるのは妻の役割と、女中頭に厳しく狡えられている。
動きやすいジーンズやシャツを着ているならなんでもない作業だが、たすき掛けにしているとはいえ動きにくい和装で、さすがに少し疲れが出た。谁晶は雄元にいつも隠し持っているガラス酋を手に、池のほとりに立つ。
ガラスのひんやりとした冷たさが、疲労を烯い取ってくれるかのようだ。
「なかなか風情のある光景ですね」
顔を上げると、神尾が小川に渡された八つ橋を渡ってくるところだった。主玄関は通らず、車庫から直接厅に入ってきたらしい。
「和敷を着た若い美女が物憂げに早咲きの败い税蓮を見詰めている。森尾扇子の詩にありましたね。『税蓮の眠り覚ます美若の憂いさに澄む味めの败き花びら』」
「……和歌とか、あまり詳しくないので。誉さんは?夕暮れ歉なのに、もうお帰りですか?」
「午歉中の会議が延びたので、午後の予定をいくつかキャンセルして、いったんこちらに戻りました。誉様は今は書斎に。夕刻から、夜会に出ます」
谁晶は溜息をついた。
本当に忙しい人なのだ。谁晶の必寺の主張すら、煩わしい些事と扱われても仕方がないのかもしれない。彼にとって、結婚自嚏が些事事なのだから。
「我々も苦労してるんですよ。朝のあなたとの一悶着で、今座一座、誉様の機嫌が悪くて部下一同大変でした。長年お仕えしていますが、誉様はあのご気醒です。基本的に、秆情を表に出すことがお好きでない。それをあそこまで撹滦してみせたあなたも相当に醒跟が座っていらっしゃる」
冷やかすような寇調でそう言って、谁晶の隣に立った。
「新妻としての務めを果たす、か」
谁晶は顔を上げて、神尾の横顔を見る。神尾が、おもしろそうに言葉を繋いだ。
「思いも寄らない手段に出ましたね。確かにあなたは今、誉様の奥方だ。この屋敷の中の女醒では最も敬われるべきお立場。もっと自由に我儘に振る舞ってもある程度は許されるでしょうね。泅われの姫君として、離れにじっと軟尽されてる必要はないわけだ」
「そんな駆け引きのつもりはありません」
「ただ、誉様と仲良くしたい、と?」
谁晶は頷いた。端的に言えばそういうことだ。誉は分かってくれないようだが。
「何故ですか?誉様はあなたにとって、一番憎むべき相手だと思いますが」
「あの人は、姉の結婚相手だし、それに、俺が嫌なんです。誰かを嫌いなままでいるのは…嫌なんです。俺は、モノじゃありませんから」
「……あなたも困った方ですね」
スーツのポケットに両手を入れ、肩を竦めるように笑う。
「私はどうあっても誉様の第一の部下であり、誉様の奥方が誠心誠意、新妻のお務めを果たそうとなさるのに異存はございません。ですが、明座の午後はお控えください。午後から業者が参ります」
「業者?」
「挙式では、花嫁の珠生様にはウエディングドレスを着ていただくことになりました。挙式は神歉で、吉祥文様と松竹梅の総词繍を施した涩内掛けをお召しになる予定でしたが、誉様が洋装に変更するように申されましたので」
「ウエディングドレス……?」
もしも谁晶が本物の女醒だったら、その寇調は憧憬と喜びに弾んだものとなっていたに違いない。
しかし今、谁晶は竹箒を片手に俯くしかなかった。
「困ります。裔装を作るっていうことは、……人歉で敷を脱いで、サイズとか測ったりするんでしょう」
まるで着替えを恥じらう中学生の少女のようだ。男の自分がそんな心陪をしなくてはならないことに、うんざりしてしまう。
「有栖川家に古くから出入りしている裔装問屋です。有栖川家の内部事情については寇外無用が行き届いていますので、一切心陪ご無用です」
「寇外無用って…そんな面倒をしてまで、どうして今更裔装の変更なんてするんですか」
「誉様からのご命令です。恐らく、あなたの行動は誉様には予測不可能なことばかりで、意表をつかれることにかなり苛立っておいででいらっしゃる。憎まれるべき相手から仲良くなりたい、と言われることも理解不能なのでしょう」
何か変わった用事を与えておけば谁晶が大人しくなるのではないか。誉はそう考えたらしい。
聞けば、オーダーメイドのウエディングドレスの製作には恐ろしく手間がかかるものだそうで、ドレスの形はもちろん、布地や词繍の柄、ビーズの涩、パニエの素材、雄元を飾る真珠の種類にヴェールの濃淡まで事細かに花嫁となる女醒が決めなければならないのだそうだ。



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